ぼへ猫通信(番外編) 悲しいご報告 [追悼]
ぼへ猫通信(630) 追悼〜オレちゃんに捧ぐ〜 [追悼]
毎朝、ウチの近所の公園に集まってくる
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、神様のもとへ召された オレちゃんへの追悼。
すこし ご報告が 遅くなってしまったのだけれど・・・ 悲しいお知らせが届きました。
新しい家族のもとで第2のにゃん生を送っていた 元・公園のぼへ猫オレちゃん・・・改め
ニコちゃんが、11月の初めごろ、神様のもとへ召されていったそうです。
正確な年齢はわからないのだけれど、推定・享年17歳。
オレちゃんを家族として迎えてくれた 青年くんからのお便りによると・・・
「腎臓病の影響で食べられなくなってしまって、衰弱が進み、
最期は お気に入りの毛布にくるまったまま、眠りながら亡くなりました」
もう そんなに長くは生きられないだろう 高齢のオレちゃんを お家に迎えて、
猫生の 最期の5カ月を、家族として ほんとうに心温かく過ごさせてくださった・・・
青年くんご夫妻には、感謝しかありません。
雨が降っても 濡れることのない寝床と、お腹が空いたら いつでも食べられるゴハンと、
実のお兄ちゃんとの触れあいも、きっとオレちゃんを幸せで包んでくれたことだと思う。。
できれば、ぬくぬくで「凍えない冬」を、一度だけでも 過ごせればよかったけれど・・・
公園で愛され、家族に愛された オレちゃんは、神様にも愛されて 天に昇っていったんだね。
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、神様のもとへ召された オレちゃんへの追悼。
すこし ご報告が 遅くなってしまったのだけれど・・・ 悲しいお知らせが届きました。
新しい家族のもとで第2のにゃん生を送っていた 元・公園のぼへ猫オレちゃん・・・改め
ニコちゃんが、11月の初めごろ、神様のもとへ召されていったそうです。
正確な年齢はわからないのだけれど、推定・享年17歳。
オレちゃんを家族として迎えてくれた 青年くんからのお便りによると・・・
「腎臓病の影響で食べられなくなってしまって、衰弱が進み、
最期は お気に入りの毛布にくるまったまま、眠りながら亡くなりました」
もう そんなに長くは生きられないだろう 高齢のオレちゃんを お家に迎えて、
猫生の 最期の5カ月を、家族として ほんとうに心温かく過ごさせてくださった・・・
青年くんご夫妻には、感謝しかありません。
雨が降っても 濡れることのない寝床と、お腹が空いたら いつでも食べられるゴハンと、
実のお兄ちゃんとの触れあいも、きっとオレちゃんを幸せで包んでくれたことだと思う。。
できれば、ぬくぬくで「凍えない冬」を、一度だけでも 過ごせればよかったけれど・・・
公園で愛され、家族に愛された オレちゃんは、神様にも愛されて 天に昇っていったんだね。
ぼへ猫通信(609) 追悼~ペチカに捧ぐ~ [追悼]
毎朝、ウチの近所の公園に集まってくる
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、とつぜんに 天に召された ペチカへの追悼。
あぁ、ペチカ・・・ また、ひとり、公園の子が旅立ってしまった。
ペチカの死は とつぜんで、あまり そのことを うまく説明できないのだけれど・・・
ペチカは、6月21日の早朝、公園へとつづく 階段のところで倒れていたようで、
私が連絡を受けて 駆けつけたときには、もう 公園管理のかたに引き取られていた。
詳しいことは書かないけれど、春ごろ 公園の周辺で ちょっと気になることが起きていて、
そんな経緯から、このあたりの地域猫のまとめ役の人が、遺体を病院で調べたい と言う。
・・・ペチカの遺体は、そのまま 病院に運ばれていった。
病院では、体に害のある薬品のようなものを口にした可能性がある、という診断になった。
・・・故意か。。偶然か。。真相はわからない。。
ペチカは、10年以上 公園に通っている オリジナルメンバーで、美しい猫だったけど
人間とも ほかの猫とも 距離をおいて、生け垣の下や柵の向こうに こっそり居る子 だった。
いつも、油断しないし、笑わないし、はしゃがないし、のんびり なんて しない。
それでも公園は、ペチカにとって 安心して お腹を満たすことのできる 場所だったと 思う。
死んじゃうような食べものが、もし 偶然ではなく、誰かの悪意によるもの だったとしたら
ペチカの死は、悔しくて、悲しくて、やりきれない。 (そして真相は 闇の中。。)
・・・ほかの誰とも触れあうことのなかった ペチカ だけれど、唯一の親友「まぼろし」がいた。
去年の秋、ひと足先に 天に召された まぼろしと、きっとまた 一緒に過ごしているんだね。
ペチカが逝ってしまってから、そろそろ1カ月になりますが、公園では もう何事もなく、
みんな おだやかに暮らせているようです。 ・・・この先も、平穏なままで。そう願いたいけれど。
・・・こんな記事だから、コメント欄は閉めておきます。 残されたぼへ猫たちに、ずっと幸あれ!
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、とつぜんに 天に召された ペチカへの追悼。
あぁ、ペチカ・・・ また、ひとり、公園の子が旅立ってしまった。
ペチカの死は とつぜんで、あまり そのことを うまく説明できないのだけれど・・・
ペチカは、6月21日の早朝、公園へとつづく 階段のところで倒れていたようで、
私が連絡を受けて 駆けつけたときには、もう 公園管理のかたに引き取られていた。
詳しいことは書かないけれど、春ごろ 公園の周辺で ちょっと気になることが起きていて、
そんな経緯から、このあたりの地域猫のまとめ役の人が、遺体を病院で調べたい と言う。
・・・ペチカの遺体は、そのまま 病院に運ばれていった。
病院では、体に害のある薬品のようなものを口にした可能性がある、という診断になった。
・・・故意か。。偶然か。。真相はわからない。。
ペチカは、10年以上 公園に通っている オリジナルメンバーで、美しい猫だったけど
人間とも ほかの猫とも 距離をおいて、生け垣の下や柵の向こうに こっそり居る子 だった。
いつも、油断しないし、笑わないし、はしゃがないし、のんびり なんて しない。
それでも公園は、ペチカにとって 安心して お腹を満たすことのできる 場所だったと 思う。
死んじゃうような食べものが、もし 偶然ではなく、誰かの悪意によるもの だったとしたら
ペチカの死は、悔しくて、悲しくて、やりきれない。 (そして真相は 闇の中。。)
・・・ほかの誰とも触れあうことのなかった ペチカ だけれど、唯一の親友「まぼろし」がいた。
去年の秋、ひと足先に 天に召された まぼろしと、きっとまた 一緒に過ごしているんだね。
ペチカが逝ってしまってから、そろそろ1カ月になりますが、公園では もう何事もなく、
みんな おだやかに暮らせているようです。 ・・・この先も、平穏なままで。そう願いたいけれど。
・・・こんな記事だから、コメント欄は閉めておきます。 残されたぼへ猫たちに、ずっと幸あれ!
ぼへ猫通信(607) 追悼~白玉くんに捧ぐ~ [追悼]
毎朝、ウチの近所の公園に集まってくる
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、病の末に旅立った、白玉くんへの追悼。
白玉くんは、もともと公園生まれの子ではないのだけれど、私がブログを始めた頃には、
公園のすみっこをウロウロしはじめていて、準オリジナルメンバーぐらいの長老さん。
歳は・・・ よくわからないれど、やっぱり15~6歳にはなっていたと思う。
がっしりと大きくて、丸顔の、きれいな白猫だから「白玉くん」・・・なんだけど
いつも こんな風に ↑ 汚れていて、「ヨゴレ玉」なんて呼んでいた (^_^; (→312話)
白猫のくせに、黒猫が好きで(?) たいてい、いつも、黒猫とくっついていたね(^.^)
そもそも、どこからか ふらりとやって来て、
当時は「黒猫軍団」が支配していた「管理棟ゾーン」に居ついたんだっけ (→208話)
そんな白玉くんに異変が起きたのは、去年の7月ごろだった。
最初は、左耳の先っぽがカサブタになっていて、なんかケガしたのかと思ってた。
そんなケガはよくあることで、放っておけば、そのうち治る。
・・・でも、白玉くんのカサブタは、このあと、いくら経っても 治るようすがない。
夏だから、ジメジメして治りが悪いのかな? 冬になったら、治るかな?
これは↑今年の1月の写真。 治るどころか、酷くなって、両耳に広がっている。
「猫 耳のカサブタ 治らない」で検索したら、すぐに見つかった病 ・・・扁平上皮癌
治すには「耳を切除」するしか ないらしい。
・・・白玉くんは、人には馴れてないし、触れないし、病院で治療はムリだろう。
耳の癌は、このあと、どんどん悪くなっていった。(もう写真も撮れないほどに。。)
それでも、桜が咲いて、散りはじめる頃までは、毎朝、公園でゴハンを食べた。
お終いごろは、スープ状のゴハンを舐めるぐらいしかできなかったけれど。
お別れになった最後の日は、レストランには顔を見せずに、
ずっと遅れてやってきて、ただフラフラと公園のなかを歩いて、姿を消した。
公園に「さよなら」を告げて、どこかで 静かに 旅立ったのだと思う。
さよなら、白玉くん。 次は、黒猫になって、戻っておいで。
私が選ぶ最後の一枚は、若き日、涼やかな木陰で、白アザラシみたいに寝ている姿で。
・・・ちょっと、いろいろタイヘンで、お休みモードでシツレイしています。
ご訪問も、あんまりできそうになくて、ごめんにゃさいね (>_<)
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、病の末に旅立った、白玉くんへの追悼。
白玉くんは、もともと公園生まれの子ではないのだけれど、私がブログを始めた頃には、
公園のすみっこをウロウロしはじめていて、準オリジナルメンバーぐらいの長老さん。
歳は・・・ よくわからないれど、やっぱり15~6歳にはなっていたと思う。
がっしりと大きくて、丸顔の、きれいな白猫だから「白玉くん」・・・なんだけど
いつも こんな風に ↑ 汚れていて、「ヨゴレ玉」なんて呼んでいた (^_^; (→312話)
白猫のくせに、黒猫が好きで(?) たいてい、いつも、黒猫とくっついていたね(^.^)
そもそも、どこからか ふらりとやって来て、
当時は「黒猫軍団」が支配していた「管理棟ゾーン」に居ついたんだっけ (→208話)
そんな白玉くんに異変が起きたのは、去年の7月ごろだった。
最初は、左耳の先っぽがカサブタになっていて、なんかケガしたのかと思ってた。
そんなケガはよくあることで、放っておけば、そのうち治る。
・・・でも、白玉くんのカサブタは、このあと、いくら経っても 治るようすがない。
夏だから、ジメジメして治りが悪いのかな? 冬になったら、治るかな?
これは↑今年の1月の写真。 治るどころか、酷くなって、両耳に広がっている。
「猫 耳のカサブタ 治らない」で検索したら、すぐに見つかった病 ・・・扁平上皮癌
治すには「耳を切除」するしか ないらしい。
・・・白玉くんは、人には馴れてないし、触れないし、病院で治療はムリだろう。
耳の癌は、このあと、どんどん悪くなっていった。(もう写真も撮れないほどに。。)
それでも、桜が咲いて、散りはじめる頃までは、毎朝、公園でゴハンを食べた。
お終いごろは、スープ状のゴハンを舐めるぐらいしかできなかったけれど。
お別れになった最後の日は、レストランには顔を見せずに、
ずっと遅れてやってきて、ただフラフラと公園のなかを歩いて、姿を消した。
公園に「さよなら」を告げて、どこかで 静かに 旅立ったのだと思う。
さよなら、白玉くん。 次は、黒猫になって、戻っておいで。
私が選ぶ最後の一枚は、若き日、涼やかな木陰で、白アザラシみたいに寝ている姿で。
・・・ちょっと、いろいろタイヘンで、お休みモードでシツレイしています。
ご訪問も、あんまりできそうになくて、ごめんにゃさいね (>_<)
ぼへ猫通信(595) 追悼~もみじに捧ぐ~ [追悼]
毎朝、ウチの近所の公園に集まってくる
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、静かに旅立っていった もみじさんへの追悼。
もみじさんは、公園でずっと暮らしてきた、オリジナルメンバーのひとり。
8年前に左目の、そして4年前にも右目の視力を失って、ほぼ見えなくなったけれど、
それでも、公園で、毎朝ゴハンを食べて、たくましく生きてきた子だ。
ちいさくて、いつも公園のすみっこに、そっと座っている、静かな子。
元気なころは、ぜんぜん人に馴れるようすはなかったのだけれど、
去年の、うだるような猛暑で体調をくずして、すっかり元気がなくなって・・・
そうしたら、近くによっても触っても、逃げなくなった。
だから、捕まえて、病院に行って、療養できる場所で保護することになった。
・・・それが、去年の秋。
結局、腎臓やなんかも悪くて、補液でがんばって、半年。
もう公園に帰ることはなく、2週間ほど前、ケージの中で 安らかに 旅立っていった。
最後は盲目になってしまった もみじさんだけど、
若いころは、ぱっちり目の、楚々とした和風美人さんだったんだよ (^.^)
臆病で、いつも生け垣の下の目立たないところに隠れていたから、
あんまり はしゃいだりしているところを見たことがないのだけれど・・・
これは、9年前の春、誰もいなくなった公園の 陽のあたるベンチで、
ひとりでゴロンゴロンしている もみじさんを、こっそり隠し撮りした写真。
こんな風に のびのびと くつろいでいる もみじさんの写真は、貴重なんだよ♪
もみじさん、享年17歳。
去年は、桜の写真を撮らせてもらった。これが↓もみじさんの、最後のお花見だね。
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、静かに旅立っていった もみじさんへの追悼。
もみじさんは、公園でずっと暮らしてきた、オリジナルメンバーのひとり。
8年前に左目の、そして4年前にも右目の視力を失って、ほぼ見えなくなったけれど、
それでも、公園で、毎朝ゴハンを食べて、たくましく生きてきた子だ。
ちいさくて、いつも公園のすみっこに、そっと座っている、静かな子。
元気なころは、ぜんぜん人に馴れるようすはなかったのだけれど、
去年の、うだるような猛暑で体調をくずして、すっかり元気がなくなって・・・
そうしたら、近くによっても触っても、逃げなくなった。
だから、捕まえて、病院に行って、療養できる場所で保護することになった。
・・・それが、去年の秋。
結局、腎臓やなんかも悪くて、補液でがんばって、半年。
もう公園に帰ることはなく、2週間ほど前、ケージの中で 安らかに 旅立っていった。
最後は盲目になってしまった もみじさんだけど、
若いころは、ぱっちり目の、楚々とした和風美人さんだったんだよ (^.^)
臆病で、いつも生け垣の下の目立たないところに隠れていたから、
あんまり はしゃいだりしているところを見たことがないのだけれど・・・
これは、9年前の春、誰もいなくなった公園の 陽のあたるベンチで、
ひとりでゴロンゴロンしている もみじさんを、こっそり隠し撮りした写真。
こんな風に のびのびと くつろいでいる もみじさんの写真は、貴重なんだよ♪
もみじさん、享年17歳。
去年は、桜の写真を撮らせてもらった。これが↓もみじさんの、最後のお花見だね。
ぼへ猫通信(593) 追悼〜クロッチに捧ぐ〜 [追悼]
毎朝、ウチの近所の公園に集まってくる
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、潔く おさらばしていった クロッチへの追悼。
クロッチは、ぼへの公園で生まれ育った、生粋の公園っ子。
・・・そして、公園の猫たちの不妊手術に取り組みはじめた、まさにその頃に
「公園で生まれた最後の仔猫たち」の一匹として仲間入りした男の子。
生まれた頃から片眼がつぶれていて、大きくなっても、ふさがったままだったけれど、
クロッチは、他の誰より運動能力が高く、野性味も強い、孤高のサムライみたいな猫だった。
クロッチは、誰とも、つるまない。 独立独歩・自由気ままに、公園中を闊歩する。
ニンゲンになど、絶対に触らせない。 トカゲやハトも狙う、タフな敏腕ハンター。
そんなクールなクロッチだったけれど、私たちとも 13年近くの付き合いになって、
朝、公園で出会うと、ごろんごろんと転がって、うれしそうに歓迎してくれていたけれど・・・
クロッチの最期は、ほんとうに 突然の 出来事だった、という。
公園には レストランの開店前の 早い時間に、猫たちに会いに来る人たちがいるのだけれど、
2月の終わりの ある朝、その人たちを見つけてやってきたクロッチは、うれしそうに
前脚をのばして「ぐい~ん」と伸びをした瞬間に、倒れて、そのまま天に召されたそうだ。
・・・急性心不全、といった症状だと思う。(そんな最期を迎えたのは、公園で3匹目)
その話を聞いて、私は、いかにも 侍・クロッチらしい、潔い いのちの 終いかた だと思った。
公園の独眼竜・クロッチ 享年12歳9ヵ月。
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、潔く おさらばしていった クロッチへの追悼。
クロッチは、ぼへの公園で生まれ育った、生粋の公園っ子。
・・・そして、公園の猫たちの不妊手術に取り組みはじめた、まさにその頃に
「公園で生まれた最後の仔猫たち」の一匹として仲間入りした男の子。
生まれた頃から片眼がつぶれていて、大きくなっても、ふさがったままだったけれど、
クロッチは、他の誰より運動能力が高く、野性味も強い、孤高のサムライみたいな猫だった。
クロッチは、誰とも、つるまない。 独立独歩・自由気ままに、公園中を闊歩する。
ニンゲンになど、絶対に触らせない。 トカゲやハトも狙う、タフな敏腕ハンター。
そんなクールなクロッチだったけれど、私たちとも 13年近くの付き合いになって、
朝、公園で出会うと、ごろんごろんと転がって、うれしそうに歓迎してくれていたけれど・・・
クロッチの最期は、ほんとうに 突然の 出来事だった、という。
公園には レストランの開店前の 早い時間に、猫たちに会いに来る人たちがいるのだけれど、
2月の終わりの ある朝、その人たちを見つけてやってきたクロッチは、うれしそうに
前脚をのばして「ぐい~ん」と伸びをした瞬間に、倒れて、そのまま天に召されたそうだ。
・・・急性心不全、といった症状だと思う。(そんな最期を迎えたのは、公園で3匹目)
その話を聞いて、私は、いかにも 侍・クロッチらしい、潔い いのちの 終いかた だと思った。
公園の独眼竜・クロッチ 享年12歳9ヵ月。
ぼへ猫通信(577) 追悼~まぼろしに捧ぐ~ [追悼]
毎朝、ウチの近所の公園に集まってくる
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、静かに命をまっとうした「まぼろし」への追悼。
まぼろし (←名前です) は、とても気弱で、警戒心が強い猫だった。
ビクビクと 人間や他の猫を警戒するタイプの子は、公園レストランでは
人馴れした子たちがわらわらと群がる レストランのまん中には出てこられない。
たいていは 目立たない はじっこの場所で、まん中の猫たちが食べ終わって
手すきになった給仕人がゴハンを届けにきてくれるのを、辛抱強く待っているのだ。
・・・だから、まぼろしの写真は、葉影のうしろや、コソコソと移動する姿ばかりになる。
そんな、まぼろしが、急に「にゃおにゃお」と鳴きながら、給仕人のいるベンチの下まで
やってくるようになったのは、10月の中頃だった。
ビクビクと気弱だった態度が一変して、猫を押しのけてお皿を確保し、ガツガツと食べる。
・・・ もう15歳を超えているだろうと思われる、おばあちゃん猫。
食べるわりに、ずいぶんと痩せていて、
その様子は、「なんだか、ちょっとボケちゃったかな」と思わせるような感じだった。
そんな日々が10日ほど続いて、11月はじめの、その朝。
私が、公園レストランに向かう途中の道路を、まぼろしが、フラフラと歩いていた。
・・・もう、足もともおぼつかず、放っておけない状況だったから、そのまま捕まえて、
病院に預かってもらったのだけれど、まぼろしは、その日のうちに、病院で息をひきとった。
・・・天から授かった命を、しっかりと まっとうしたのだと思う。
まぼろしは、公園では、ビクビクと生きてきた猫だったけれど、
ペチカという、とても気の合う友と出会い、15年を超える日々を支え合って過ごしてきた。
・・・だから きっと 幸せな猫生だったと 思うんだよ (^.^)
お別れの写真は、ペチカと一緒に♡ さよなら、まぼろし。空の上で、ペチカを待ちなよ!
・・・まぼろしさんは、白いボディに、水玉みたいな黒ぶちで、その毛並みを活かして(?)
とても楽しい写真を撮らせてくれたことがあります♪ 気になるかたは→ (91話)
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、静かに命をまっとうした「まぼろし」への追悼。
まぼろし (←名前です) は、とても気弱で、警戒心が強い猫だった。
ビクビクと 人間や他の猫を警戒するタイプの子は、公園レストランでは
人馴れした子たちがわらわらと群がる レストランのまん中には出てこられない。
たいていは 目立たない はじっこの場所で、まん中の猫たちが食べ終わって
手すきになった給仕人がゴハンを届けにきてくれるのを、辛抱強く待っているのだ。
・・・だから、まぼろしの写真は、葉影のうしろや、コソコソと移動する姿ばかりになる。
そんな、まぼろしが、急に「にゃおにゃお」と鳴きながら、給仕人のいるベンチの下まで
やってくるようになったのは、10月の中頃だった。
ビクビクと気弱だった態度が一変して、猫を押しのけてお皿を確保し、ガツガツと食べる。
・・・ もう15歳を超えているだろうと思われる、おばあちゃん猫。
食べるわりに、ずいぶんと痩せていて、
その様子は、「なんだか、ちょっとボケちゃったかな」と思わせるような感じだった。
そんな日々が10日ほど続いて、11月はじめの、その朝。
私が、公園レストランに向かう途中の道路を、まぼろしが、フラフラと歩いていた。
・・・もう、足もともおぼつかず、放っておけない状況だったから、そのまま捕まえて、
病院に預かってもらったのだけれど、まぼろしは、その日のうちに、病院で息をひきとった。
・・・天から授かった命を、しっかりと まっとうしたのだと思う。
まぼろしは、公園では、ビクビクと生きてきた猫だったけれど、
ペチカという、とても気の合う友と出会い、15年を超える日々を支え合って過ごしてきた。
・・・だから きっと 幸せな猫生だったと 思うんだよ (^.^)
お別れの写真は、ペチカと一緒に♡ さよなら、まぼろし。空の上で、ペチカを待ちなよ!
・・・まぼろしさんは、白いボディに、水玉みたいな黒ぶちで、その毛並みを活かして(?)
とても楽しい写真を撮らせてくれたことがあります♪ 気になるかたは→ (91話)
ぼへ猫通信(566) 追悼 〜ウメさんに捧ぐ〜 [追悼]
毎朝、ウチの近所の公園に集まってくる
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、公園に帰らずに旅立った、ウメさんへの追悼。
公園のすぐそばのお宅のお庭で生まれ、ずっと兄妹なかよく、
お庭と公園を、わが家として暮らしてきた、茶トラ3兄妹の次男坊・ウメさん。
・・・8月の半ばに、遠い空へと、旅立っていきました。
上の写真は、7月23日に撮った、ウメさんの最後の写真。 (私の手が入ってます)
ウメさんは、たぶん16歳ぐらい。
2年ぐらい前から、元気だけど「おじいちゃんになったなぁ」って感じはあって、
早くから暑さが続いたこの夏は、すこしバテたようで、木陰で寝ている姿が増えていた。
・・・そんなウメさんを気にしたお仲間が、病院に連れて行って検査などしたのだけれど、
特別に悪いところはなく、ただ下痢がつづいていて、しばらく入院して様子見している間に
静かに、静かに、旅立っていったのだそうだ。
上の写真 ↑ は、10年前、兄猫のサム(左)と肩を並べた、ウメさん(右) ・・・若いな。。
ウメさんは、公園をわが家の庭のようにして、ずっと兄妹で暮らしてきた猫だから、
私は、ほんとうは、公園に帰ってきてほしかったけれど・・・
ウメさんは、どうかな? 病院で最期のときを過ごしたのは、どうだったんだろう?
ウメさんは、ちょっとクールな表情とは裏腹に、公園のイベントごとには協力的で、
なかなかの役者ぶりを発揮してくれていた子。
晩年は、すっかり人好きになって、公園に遊びにきた猫好きの子供たちにも、
すすんでナデナデさせてくれたから、ウメさんファンの子も多かったね (^.^)
・・・ウメさんも、公園のオリジナルメンバーで、茶トラ3兄妹で紹介する予定だったから、
なかなか撮るのがムズカシイ「3兄妹の1ショット」を、がんばって撮っていたんだけど・・・
だから、もうこれが、ホントに最後の「3兄妹の1ショット」を ↓ 載せておきたい。
左下・兄のサム、右中・妹のオレちゃん、左上がウメさん。 ・・・主役じゃなくてゴメン(>_<)
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、公園に帰らずに旅立った、ウメさんへの追悼。
公園のすぐそばのお宅のお庭で生まれ、ずっと兄妹なかよく、
お庭と公園を、わが家として暮らしてきた、茶トラ3兄妹の次男坊・ウメさん。
・・・8月の半ばに、遠い空へと、旅立っていきました。
上の写真は、7月23日に撮った、ウメさんの最後の写真。 (私の手が入ってます)
ウメさんは、たぶん16歳ぐらい。
2年ぐらい前から、元気だけど「おじいちゃんになったなぁ」って感じはあって、
早くから暑さが続いたこの夏は、すこしバテたようで、木陰で寝ている姿が増えていた。
・・・そんなウメさんを気にしたお仲間が、病院に連れて行って検査などしたのだけれど、
特別に悪いところはなく、ただ下痢がつづいていて、しばらく入院して様子見している間に
静かに、静かに、旅立っていったのだそうだ。
上の写真 ↑ は、10年前、兄猫のサム(左)と肩を並べた、ウメさん(右) ・・・若いな。。
ウメさんは、公園をわが家の庭のようにして、ずっと兄妹で暮らしてきた猫だから、
私は、ほんとうは、公園に帰ってきてほしかったけれど・・・
ウメさんは、どうかな? 病院で最期のときを過ごしたのは、どうだったんだろう?
ウメさんは、ちょっとクールな表情とは裏腹に、公園のイベントごとには協力的で、
なかなかの役者ぶりを発揮してくれていた子。
晩年は、すっかり人好きになって、公園に遊びにきた猫好きの子供たちにも、
すすんでナデナデさせてくれたから、ウメさんファンの子も多かったね (^.^)
・・・ウメさんも、公園のオリジナルメンバーで、茶トラ3兄妹で紹介する予定だったから、
なかなか撮るのがムズカシイ「3兄妹の1ショット」を、がんばって撮っていたんだけど・・・
だから、もうこれが、ホントに最後の「3兄妹の1ショット」を ↓ 載せておきたい。
左下・兄のサム、右中・妹のオレちゃん、左上がウメさん。 ・・・主役じゃなくてゴメン(>_<)
ぼへ猫通信(473) 追悼 ~アキちゃんに捧ぐ~ [追悼]
毎朝、ウチの近所の公園に集まってくる
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、幸せになったばかりで旅立ったアキちゃんへの追悼。
今年の3月半ば、公園のすみっこで、
ちんまり、うずくまっていた、子猫のお話を覚えていますか?
通りがかったご近所の人が見つけてくれて、ちょうど公園で朝食レストランを開いていた
私たちに保護された(たぶん)捨てられっ子・・・ 空き家の脇にいたから、アキちゃん。
上↑は、その朝、私たちの腕に抱きあげられた時の写真。(生後3カ月ぐらい)
どのぐらい野ざらしでいたのか・・・ 顔は鼻水や目やにでベタベタで、
だいぶ衰弱していたアキちゃんだけど、動物病院で療養し、美しいべっぴん猫↓になって、
1カ月後には、とっても素敵な里親さんに出会ったのでした。
アキちゃんを見初めてくれた里親さんは、
おばあちゃん・お父さん・お姉さん・妹さん・先住猫さん、の4人+1にゃん家族。
とくに、お父さんがアキちゃんに一目惚れのようすで、すぐに幸せなご縁が結ばれました。
新しいお家にいって、翌日にはご家族となじみ、先住猫さんとも打ち解けて、
元気な子猫らしく、毎日、先住猫さんに跳びかかって、夜な夜な大運動会が開かれている・・・
そんな、楽しい近況が、私たちにも聞こえてきていたのに。。
それが、今週の日曜日に、突然の訃報・・・ ある日、ゴハンを食べなくなって、
すぐに動物病院に行って、いろんな検査をし、治療もしたのだけれど・・・
10日も経たないうちに、ちいさな命は、散っていってしまったのだそうです。
・・・アキちゃんが新しいお家に暮らして、4カ月とすこし。
幸せになったばかりだったのに。 これから、ずっと幸せな日々が続くはずだったのに。
神様はいぢわるで、ささやかな幸せの芽を摘みとってしまった。。
たった8カ月半ほどの命を生きて、天に召されたアキちゃんが、
その半分以上の日々を、里親さんの愛情に包まれていたことが、せめてもの慰めです。
こんなことがあると、ずっと公園で暮らしている子も、うちで飼っている子も含めて、
その命が、今日も幸せで、すこやかに永らえていることが「とくべつな奇蹟」とも思える。
・・・アキちゃんの早すぎる旅立ちは、あたりまえの平穏な日々は、とても儚いということ、
だから、ちゃんと心して、愛おしまなければならない、ということを、私に教えてくれた気がします。
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、幸せになったばかりで旅立ったアキちゃんへの追悼。
今年の3月半ば、公園のすみっこで、
ちんまり、うずくまっていた、子猫のお話を覚えていますか?
通りがかったご近所の人が見つけてくれて、ちょうど公園で朝食レストランを開いていた
私たちに保護された(たぶん)捨てられっ子・・・ 空き家の脇にいたから、アキちゃん。
上↑は、その朝、私たちの腕に抱きあげられた時の写真。(生後3カ月ぐらい)
どのぐらい野ざらしでいたのか・・・ 顔は鼻水や目やにでベタベタで、
だいぶ衰弱していたアキちゃんだけど、動物病院で療養し、美しいべっぴん猫↓になって、
1カ月後には、とっても素敵な里親さんに出会ったのでした。
アキちゃんを見初めてくれた里親さんは、
おばあちゃん・お父さん・お姉さん・妹さん・先住猫さん、の4人+1にゃん家族。
とくに、お父さんがアキちゃんに一目惚れのようすで、すぐに幸せなご縁が結ばれました。
新しいお家にいって、翌日にはご家族となじみ、先住猫さんとも打ち解けて、
元気な子猫らしく、毎日、先住猫さんに跳びかかって、夜な夜な大運動会が開かれている・・・
そんな、楽しい近況が、私たちにも聞こえてきていたのに。。
それが、今週の日曜日に、突然の訃報・・・ ある日、ゴハンを食べなくなって、
すぐに動物病院に行って、いろんな検査をし、治療もしたのだけれど・・・
10日も経たないうちに、ちいさな命は、散っていってしまったのだそうです。
・・・アキちゃんが新しいお家に暮らして、4カ月とすこし。
幸せになったばかりだったのに。 これから、ずっと幸せな日々が続くはずだったのに。
神様はいぢわるで、ささやかな幸せの芽を摘みとってしまった。。
たった8カ月半ほどの命を生きて、天に召されたアキちゃんが、
その半分以上の日々を、里親さんの愛情に包まれていたことが、せめてもの慰めです。
こんなことがあると、ずっと公園で暮らしている子も、うちで飼っている子も含めて、
その命が、今日も幸せで、すこやかに永らえていることが「とくべつな奇蹟」とも思える。
・・・アキちゃんの早すぎる旅立ちは、あたりまえの平穏な日々は、とても儚いということ、
だから、ちゃんと心して、愛おしまなければならない、ということを、私に教えてくれた気がします。
ぼへ猫通信(390)追悼 〜さくらに捧ぐ〜 [追悼]
毎朝、ウチの近所の公園に集まってくる
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、静かに旅立った、わがままお嬢・さくらへの追悼。
こんなときに、また追悼のお話で・・・
「さらに犠牲になった子が?」って心配されてしまいそうだけれど、この子は、ちがう。
今年は、夏頃から痩せてしまったさくらは、たぶん、天から授かった命をしっかり生き抜いて、
尊厳あるノラ猫としての最期を、ずっと暮らしてきた公園のすみっこで、静かに迎えたのだ。
さくらは、毎年、夏になると、なんだか痩せちゃう子だったけれど、
この夏の痩せ方は、ちょっと「いつもとはちがう」と思わせるような気配で・・・
毎朝、元気に顔は見せるものの、食事のお皿に向かうとぐすぐすしてあんまり食べたがらない。
心配になって、さくらの好きそうな缶詰を次々と開けると、パッと顔を輝かせるのだけれど、
結局、上っ面のおいしいところだけ舐めて、おしまいになってしまうのだ。
具合がよくないのだ、とは思ったけれど、病院に連れて行くのは勇気がいる。
検査をして、病が分かって、療法食にしなさいとか、点滴に通ってくださいとか、
そんな治療を提案されても、さくらの面倒を、そんな風にみてやることはできないからだ。
もし治療するなら、この子を、どこかの家に引き取って、ケージに入れるしか方法はないが、
私たちには、いま、そんな場所も余裕もないし、なにより、毎日、大好きな公園で、
自由気ままに過ごしているこの子を、ケージに閉じ込めるなんて、とても気の毒でできない。
・・・ざっと数えて13歳以上にはなってる子。 病は、いわば、天の定めた運命。
このまま、最期まで公園で、その猫生を過ごすのが、さくらの幸せなんだと思うことにした。
それでも、夏を越して、過ごしやすくなった10月頃から、さくらの食欲が戻ってきた。
すこし冬毛が生えてきて、痩せぎすだった身体つきも、ふっくら見映えがよくなった。
「さっちゃん、なんだか元気になったね」「こんな感じなら、この冬も大丈夫かも」
・・・そんな風に思ったけれど、やっぱり、もたなかったんだね。。
さくらは、ケミとヒゲ母さんが死んだ2日後の朝、お気に入りだった生け垣の下で、
冷たくなって、横たわっていた。 ・・・公園の方には「また事件か?」と心配されたけれど、
さくらが、天寿を全うして、静かに逝ったことを、私たちは知っている。
前夜からの雨がようやく上がった朝、さくらの亡骸は、ぐっしょりと濡れていた。
私たちは、さくらの身体をきれいに拭いて、段ボールの棺に納めてやった。
「なにも、こんな雨に濡れるところで、死んじゃわなくてもいいのに・・・」
そう思ったけれど・・・ でも、もし、さくらが、どこかに身を隠して死んでいたら、
私たちは、さくらとお別れもできず、ずっと、さくらの姿を探しつづけなければならない。
ずぶ濡れの身体を拭きながら、雨の中で息をひきとってくれたさくらに、感謝した。
「ぼやぼやと、その日暮らしでへっちゃら」な猫たち。
公園暮らしを「ぼへぼへ」と楽しむ猫たちの生活を紹介したくて、
『ぼへ猫通信 』やってます!
今回は、静かに旅立った、わがままお嬢・さくらへの追悼。
こんなときに、また追悼のお話で・・・
「さらに犠牲になった子が?」って心配されてしまいそうだけれど、この子は、ちがう。
今年は、夏頃から痩せてしまったさくらは、たぶん、天から授かった命をしっかり生き抜いて、
尊厳あるノラ猫としての最期を、ずっと暮らしてきた公園のすみっこで、静かに迎えたのだ。
さくらは、毎年、夏になると、なんだか痩せちゃう子だったけれど、
この夏の痩せ方は、ちょっと「いつもとはちがう」と思わせるような気配で・・・
毎朝、元気に顔は見せるものの、食事のお皿に向かうとぐすぐすしてあんまり食べたがらない。
心配になって、さくらの好きそうな缶詰を次々と開けると、パッと顔を輝かせるのだけれど、
結局、上っ面のおいしいところだけ舐めて、おしまいになってしまうのだ。
具合がよくないのだ、とは思ったけれど、病院に連れて行くのは勇気がいる。
検査をして、病が分かって、療法食にしなさいとか、点滴に通ってくださいとか、
そんな治療を提案されても、さくらの面倒を、そんな風にみてやることはできないからだ。
もし治療するなら、この子を、どこかの家に引き取って、ケージに入れるしか方法はないが、
私たちには、いま、そんな場所も余裕もないし、なにより、毎日、大好きな公園で、
自由気ままに過ごしているこの子を、ケージに閉じ込めるなんて、とても気の毒でできない。
・・・ざっと数えて13歳以上にはなってる子。 病は、いわば、天の定めた運命。
このまま、最期まで公園で、その猫生を過ごすのが、さくらの幸せなんだと思うことにした。
それでも、夏を越して、過ごしやすくなった10月頃から、さくらの食欲が戻ってきた。
すこし冬毛が生えてきて、痩せぎすだった身体つきも、ふっくら見映えがよくなった。
「さっちゃん、なんだか元気になったね」「こんな感じなら、この冬も大丈夫かも」
・・・そんな風に思ったけれど、やっぱり、もたなかったんだね。。
さくらは、ケミとヒゲ母さんが死んだ2日後の朝、お気に入りだった生け垣の下で、
冷たくなって、横たわっていた。 ・・・公園の方には「また事件か?」と心配されたけれど、
さくらが、天寿を全うして、静かに逝ったことを、私たちは知っている。
前夜からの雨がようやく上がった朝、さくらの亡骸は、ぐっしょりと濡れていた。
私たちは、さくらの身体をきれいに拭いて、段ボールの棺に納めてやった。
「なにも、こんな雨に濡れるところで、死んじゃわなくてもいいのに・・・」
そう思ったけれど・・・ でも、もし、さくらが、どこかに身を隠して死んでいたら、
私たちは、さくらとお別れもできず、ずっと、さくらの姿を探しつづけなければならない。
ずぶ濡れの身体を拭きながら、雨の中で息をひきとってくれたさくらに、感謝した。
・・・さくらは、人間にも、他の猫にも「気づかい」なんて、これっぽっちもしない、
真のわがままお嬢だったけれど、もしかすると、これは、さくらが、私たちに見せてくれた、
最初で最後の「気づかい」だったのかも知れない。
さよなら、さっちゃん。わがままお嬢のいない公園は、ぽっかりと、さびしいよ。